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コラムVol.17 学園都市開発

今日は、卒論の関係で本を読んでたら、近所の国立という街について出てきたので要旨を紹介したいと思います。
国分寺市民でありながらも、毎日国立の駅を利用してますからね。


関東大震災で被害を受けた都心部の教育施設や住宅地が郊外に流出することを見込んで、財閥等が武蔵野の大地に適地を物色しだした。

ここでは特に、箱根土地の堤康次郎の学園都市開発を取り上げます。
悪しき西武系ですね。
でも、大学を中心に据えた学園都市開発では大きな功績を残したといえるでしょう。

まず、大泉学園
練馬区ですね。
池袋から西武線に乗ってくとあります。
ここは、東京商科大(今の一橋)の誘致を目指したが、失敗。
今は、名前が良かったから今は閑静な高級住宅地になりました。

続いて、小平学園
ここは俺んちからも近いです。
国分寺から謎に西武線が北上していて、なおかつ学園○町みたいな住所があるのは、このためなんですね。実は。
明治大学の誘致を目指したが、失敗。
結果、当初の計画でより縮小されて作られました。
本来の予想図を見ると、まとぅいーやぶんじ君やむとぅたちの母校である学園の辺りまで含まれてたっぽいです。 それでも津田塾が来たので、一応面目は守った。
でも、国分寺や萩山で乗り換える不便さと、核となる駅前(←たぶん一橋学園)に広場や広い通りが確保できなかったことが学園都市への成長を阻んだ。

最後に、国立
東京商科大(一橋大)の誘致に見事成功しました。
でも、開発当初は何もなく、国分寺と立川の間で「ここから国が立つ」ともじって名前をつけた街をつくった。
駅前のロータリーと格子状の街路、駅から真っ直ぐに延びる広い広い大学通りと斜めに延びる2本の通りが特徴。
せっかく開業させた駅も、当初は乗降客が少ないため列車が全く停まらず苦戦。
そんな厳しい環境の中で結束を固めた住民たちが学園都市の理想を追い、住民運動で昭和26年に文教地区指定を勝ち取り、環境良好な街となった。
おかげで今でも、繁華街の騒音と猥雑さがなく、シャレた店が目につく。
今日でも住民意識の高い街である。

学園都市はだいたい以上がすべてみたいです。

こういう知識があると、面白いですよね。
本当、知らなくてもいいトリビアですが。


うーん。
地元ネタだったねー。
こういう話は、地元民は詳しく知ってるのかな??
ってか、誰か地元民が反応してくれるのかな!?
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* COMMENT *

次回は、国立出身有名人特集でお願いします。

三浦友和、忌野清志郎、永積タカシ(ハナレグミ)、つのだ☆ひろ、
あと誰かいるかな?

やった!
ジッモッティから反応がキタ━━━━(°Д°)━━━━!!!!

当然、国立だけは知ってましたよ。
昨年z談会でやったし。

西武線の方は調べる機会もなかったね。
関係ないし。

なるほど~、そういう歴史があったんだ~♪
「国が立つ駅」国立駅。
中央特快未だとまらず、、、。

でも国立がいいよね^^春は桜の道ができるし!

じもネタ、いいすねぇ~e-287
長い間この辺に住んでるけど、そんなとリビアは知らなかった!
20へぇさしあげます!!

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